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素材散策5周年記念【欧州散策 第十一話】モンサンミッシェル

素材散策も2006年12月をもっておかげさまで5周年を迎えることができました。そこで5周年記念として10月にツアーでドイツ、スイス、フランスを散策したときの様子や感じたことを何回かに分けて紹介していきたいと思います。
ドイツのライン川を下り、ロマンチック街道の街を巡り、スイスのユングフラウヨッホで氷河を眺めた後のお話です。

夜明け前にパリのホテルを出発し、タクシーで旅行会社の入っているビルへ向かった。もうかれこれ10年近く前になるだろうか、はじめてモンサンミッシェルの写真をみたとき、こんな景色が地球上に本当にあるのかと驚いた。それ以来、自然と人工が奏でる美しさに惹かれ、いつしか一度行って自分の目で確かめたいと思うようになっていた。
まだ暗く人通りもないパリの街を眺めながら、ぼんやりとあのときに見た一枚の写真を思い出していた。やさしい太陽がに照らされ、手前に広がる緑の大地を牛たちはのんびりと過ごし、海で隔てられたその向こうに、要塞とも、真ん中にローソクが立った誕生日のデコレーションケーキとも表現したくなるような奇妙な島は浮かんでいた。
旅行会社の受付でツアーの手続きを済ませ、そこで売られていた日本経済新聞を購入し目を通すと、日本海で北朝鮮のミサイル実験が行われたという記事が一面を飾っていた。ドイツ、スイスと旅行中テレビをつけると安倍首相(当時)が度々登場していた理由はこれだったのかと、そこでようやく日本の情報を把握することができた。新聞の記事を横から覗き込むように見ていた日本人男性も、どうやら同じように気になっていたらしく、読み終えると軽く挨拶をして去って行った。
パリからモンサンミッシェルまでは約350km。東京から名古屋や仙台まで日帰りで行くようなものである。休憩も入れて片道4時間半。その間パリ在住という年配の日本人女性のガイドが、競馬場の近くを通ると先週パリ凱旋門賞に武豊騎手が来たときは徹夜の日本人の客が並んでパリっ子を驚かせたとか、ノルマンディ地方を通るとノルマンディ上陸作戦の話、右に左に何か建物が見えるとその説明があり、これ以外にもナポレオンの話、第二次世界大戦の話、百年戦争の話、これから行くモンサンミッシェルにまつわる話も司教オベールが天使ミカエルからお告げを受け、一度は疑って二度目に見て目が覚めると頭がい骨に穴があいていてそこに礼拝堂を建てたという話から、フランス革命以降監獄になった時期もあったなど、次から次へと説明してくれるものだから聞く方も気が抜けない。とはいえ話を全て理解できるわけでもないので、途中から興味がある話題については耳を傾け、それ以外の話はなんとなしに聞き流し窓の外の景色を楽しむことにした。
トイレ休憩中、隣接の売店に寄ることにした。こういう場所ではどうしても日本の品を探してしまう。目に付いたのは新聞、それにポケモン。どこに行っても何かしら日本が置かれていることが多い。「日本は小さくなんかないんだよなぁ」と小さくなっていた体を伸ばしながら空を見上げると、気持ちの良い青空が広がっていた。「こんな天気でモンサンミッシェルを見に行けるなんて!」と晴れ晴れした気持ちで再び窮屈な座席に戻った。

モンサンミッシェルまで、まだ10km以上あるだろうかというところで、「小さくモンサンミッシェルが見えますよ」という声に、それまで寝ていた人も飛び起きて窓の外に釘付けとなった。どこだどこだと探すと、遥か向こう地平線の上にモンサンミッシェルだと分かる小さな影があった。それは広大な干潟の中、邪魔するものもほとんどなく突如沸いたように存在していた。
さらに近付き小さな集落を抜けると、牧草地が広がり、牛や顔面が黒い羊が飼われているのんびりとした景色に変わった。緑一面、拝むようにして草を食べる牛の背後に現れたモンサンミッシェルは、干潟越しに見たときとはまた違う印象だった。
モンサンミッシェルに到着。バス駐車場にはずらり観光バスが並んでいたが、満潮で島の周りを海水が覆うようなとき、逃げ遅れたバスはプカプカ浮かぶということだった。

いよいよ城壁の中へ。修道院に続く狭い通りの両脇に飲食店や土産屋、宿泊施設などが並び、想像していた以上の活気と人混みがあった。日本でいうと京都の清水寺に通じる坂道の雰囲気に近いだろうか。入ってすぐにオムレツで有名なレストランがあり、玉子をシャカシャカと男性二人が観光客に満面の笑みを振りまきながらかき混ぜていた。その隣の土産屋で試食のクッキーを一枚もらって食べると、これがとても美味しかった。
レストランで昼食。パイ生地に包まれたクリームソースに絡めたキノコと、厚切りハムとフライドポテト、デザートはアップルケーキ。薄暗いレストランの店内から通りを行き来する人々を眺めていると、なんとなく学生時代に観た宮崎駿監督の世界に入ってしまったような気分。

昼食後、修道院へ。大聖堂の彫刻、監獄時代に使われた牢屋への階段、大食堂、調理場など不思議な建物内を見てまわったが、やはり外の景色が見える場所が素晴らしい。風を感じながら向こうの外壁越しに延々と広がる干潟を見ていると、修道院というより城のようでもあった。中でも中庭が素晴らしかった。太陽を浴びた中庭の草木、そして通路に開いた柱の柱の間からは見下ろすような形で広がる大地や干潟を眺めると、まさに空中庭園といった感じ。結局、昔写真から感じたモンサンミッシェルの自然と人工の奏でる美しさは、建物の中に入っても裏切られることはなかった。帰り際、窓から景色を眺めているとハトが一羽やってきて、キョロリキョロリとしながらもたまに目が合った。まるで何か伝えにきたようなその仕草に「このハトも代々歴史を見て来たのだろうなぁ」と思わずにいられなかった。

その後、路地裏や城壁を散策し、そろそろ何か土産でも買おうと入った店で驚かされた。西洋の剣が壁に飾られているすぐ隣に、日本刀が同じようにいくつも飾られていたのである。一瞬目を疑った。「何故モンサンミッシェルに日本刀が?」一本や二本なら世界の剣ということで飾られているとも思えるが、それにしては数が多かった。日本の城のイメージとモンサンミッシェルのイメージが重なるのかなどいろいろ考えてはみたが結局分からずじまいで、なおさら京都の清水寺あたりの土産屋に近いものを感じたのだった。
集合時間まで少し時間があったので、離れた場所からモンサンミッシェルの全景を撮ることにした。修道院を背にして一本道を走り、近くに自生している花を入れたり、走り去る車を入れたりもしながら写真を撮った。
気が付くといつの間にか集合時間が迫っていたので、猛ダッシュであわててバスへ戻ろうとするも、同じツアーの方が一人で記念写真を撮れず困っている様子だったので「撮りますよ〜」と駆けつけ、モンサンミッシェルを入れてパシャリ。なんでも外国人の方に撮ってもらおうとしたら、使い方をうまく説明できなかったとのこと。結局二人して大慌てでバスに戻ることとなった。無事に集合時間前にバスに到着すると息を切らせた私たちに、ニコニコしながらガイドさんが「どうでしたか、モンサンミッシェルは?」と尋ねてきてくれた。
大満足だった。行けると思っていなかった憧れの地への訪問は、天候にも恵まれ、僅かな時間ではあったが島の中の雰囲気も味わえた。「もしまた来ることが出来たら、そのときは一泊でもして日没と夜明けと表情を変える島を眺められたらなぁ」と、徐々に小さくなるモンサンミッシェルを振り返りながら思った。
モンサンミッシェルが見えなくなるとすぐに眠りについた。目が覚めたのはもうじきパリに着くところだった。8年ほど前、お台場で見かけた自由の女神との再会。時報を知らせ輝き出すエッフェル塔。パリの街はこの日も輝いていた。

街の中心部にある旅行会社の前でバスを降り、夜のパリを散策することにした。まずオペラ座に向かい外から建物を眺め、三越の前を通り、パルテノン神殿のようなマドレーヌ寺院前を通りオベリスクのあるコンコルド広場へ。広場前のホテルに宿泊客のものらしき高級スポーツカーがずらり並んでいたのが印象的だった。静かな街路樹を抜け、オシャレな店が立ち並ぶシャンゼリゼ通りの雰囲気を楽しみながら凱旋門へ。昨日と同じ駅から地下鉄で郊外にあるホテルに戻った。
つづく
(残り1話)
第12話 フランス・パリ(街を散策して帰国)
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